2015年 06月 04日 ( 1 )

一頭のクジラ

私は、生まれ育った地元の海で、大きなクジラと泳いでいました。そのクジラは、私と一緒に楽しんで泳いでいるような、一人で自由に泳いでいるような、そんな不思議な時間でした。

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その朝、目を覚ますと、父から電話があり、体調を崩し入院していた私の叔父であるイソジおじちゃんが亡くなったと知らされました。私のじいちゃんから船長を引き継ぎ、これまで半世紀以上、船を降りた後も、新しく燻製ビジネスを始めたり、とにかく最後の最後まで働いたイソジおじちゃん。

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子どもの頃のイソジおじちゃんの印象は、隣に住む優しいお酒の大好きな漁師でした。しかし、学校を卒業し社会に出て、世界の厳しさを知るようになると、私はイソジおじちゃんの凄さを肌で感じるようになりました。アメリカから帰国後、実家で少し進路に迷っていた時期、私はイソジおじちゃんの煮干し工場でバイトをさせてもらいました。ただ指示をするのではなく、誰よりも率先して汗をかき仕事をするイソジおじちゃんの横顔を今でも鮮明に覚えています。母曰く、イソジおじちゃんは四六時中魚が獲れるのをいつも気にしていたそうです。魚が獲れる、それは即ち、売上であり、経営者としては一番大切な事です。

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沢山の花で囲まれた教会の葬式ミサでは、なんと6人もの神父さんが祭壇の上にいました。私は6人の神父さんが一人のカトリック信者のために、ミサをあげるのを初めてみました。その理由は、イソジおじちゃんが歴代の神父さん達をいつも温かく地域に迎え、頻繁に自宅に招き、教会のために尽くしてきたからに他なりません。だからこそ、イソジおじちゃんは神父さんからも地域の人からも家族からも愛されていたのです。

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決して驕ることなく謙虚で温かかったイソジおじちゃん。ここ数年は、年に一度会えるか会えないかの繰り返しでしたが、私は、いつの間にか、顔を見るだけで何故か感動するようになっていました。妻を初めてイソジおじちゃんに紹介した帰り道、妻はポツリと、「イソジおじちゃんは、七福神の誰かに似てるよね。ニコニコしていて、福顔よ」と言い、私は妙に納得したのを憶えています。

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イソジおじちゃん、これまで、会社のため、地域のため、教会のため、吉浦家のため、一生懸命働き生きてくれて、本当にありがとうございました。あなたは私にとってシロナガスクジラのような大きな存在で、心から尊敬できる人でした。イソジおじちゃん、天国でも、船に乗って、魚ば追いよると。大好きなお酒と刺身は、ほどほどにね。

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by tak6542 | 2015-06-04 02:49