寅さん

私が小さかったころ、漁師だった父のつかの間の楽しみ、それは最新作のジェームス・ボンドを映画館に見に行くことでした。父は私が小学生になると、何度か私を映画館に連れて行ってくれました。勿論、私は007の何がおもしろいのか殆どわかりませんでしたが、映画館を出た父は、とても満足し興奮しているみたいでした。

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そんな父の影響なのか、私も映画が好きになり、友達と一緒に、もしくは一人でも佐世保の映画館によく行くようになりました。あの頃はハリウッド映画がとても好きでヒット映画の他にもアカデミー賞を取った作品(ダンス・ウィズ・ウルブス)などもよく見に行っていました。

その当時、どうしても理解できない事がありました。それは、寅さんの「男はつらいよ」です。なぜ大人は、こんなハンサムでもない四角い顔の人の映画を見るのか、それも正月に。とても不思議でした。そんな私も20代になり、ある時、たまたま寅さんを見ました。あれ!? なんか面白い。この映画は一体なんなんだ、衝撃でした。

それから、第一作(1969年作)をレンタル屋で借り一人で見ました。若い寅さんが生き生きとしています。私は人情味あふれる純粋無垢な寅さんに完全に魅了され、知らず知らずのうちに、寅さん好きの典型的な大人の日本人になっていました。

東京に住んでいた頃、たまに葛飾区柴又に行っていました。帝釈天や草団子屋、それに江戸川の土手に行くと、そこには寅さんの雰囲気がまだ確かに残っています。田舎育ちの私にとって、柴又は心落ち着く場所になっていました。

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これまで色々な映画を見てきましたが、こんな人に逢いたいなぁ、と本気で思わせてくれたのは寅さんです。喜怒哀楽が詰まった映画「男はつらいよ」、そして、寅さん、私にとってのヒーローです。

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by tak6542 | 2012-11-23 23:22

マッツォーニ:イタリアから帰ってきた男

18年ぶりの再会、そんな出来事がつい先日、佐世保の万津町で起こりました。朝7時過ぎ、少し冷え込んできた佐世保朝市に行くと、高校卒業以来会うことのなかった友人:マッツォーニは、川内蒲鉾(かまぼこ)の白孝屋でちくわや蒲鉾を売っていました。

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久々に会うマッツォーニは、昔と変わらない少年のような笑顔で私を迎えてくれました。風のうわさで聞いていたイタリア遊学は本当で、通訳やガイドをして10年程パドバという街で暮らしていたそうです。パオロ・ロッシとはお茶のみ友達、アレッサンドロ・ネスタはただのイタリアの兄ちゃん、等々、サッカー好きの私はマッツォーニの武勇伝を面白おかしく聞いていました。

流転の人生の果て、今はこうして親戚の蒲鉾屋で働いているが、今年の4月に一念発起し、なんと10月に宅建の試験を受けたそうです。結果は34点、予想ではギリギリの線らしいのです。よくそんなに勉強できたなと私が聞くと、マッツォーニは話し始めました。

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朝3時から働き、8時過ぎに朝市が終わり、そのあとは蒲鉾の配達、仕事が終わるのは夜の8時。そんな中、配達の途中に宅建のCDを聞いたり、信号で止まれば参考書を開いたりと、とにかく必死で勉強したということです。私は、そんなマッツォーニの話を聞きながら、胸が熱くなりました。どんな状況にあっても、やる男はやっぱり頑張っているんだなと。

その日の夜、私は家族とマッツォーニの蒲鉾を食べました。普通の蒲鉾に比べ、その蒲鉾はもっちもっちで弾力があり、特別に美味しく感じられたのは気のせいでしょうか。美味しい蒲鉾をありがとう、不屈の男:マッツォーニ。今度会うときは、どんなイタリアンジョークが聞けるのか楽しみです。

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by tak6542 | 2012-11-16 23:31

今年初め、東京から福岡に引っ越してこようと決めた時、一番に喜んでくれた人がいます、それは、私の母です。18歳で家を出てから、母は事あるごとに「もう、よかけん、早よ、こっちに帰ってこんね」と言っていました。私は、そんな母の口癖を聞くたびに、田舎には絶対に帰らんぞと、知らず知らずのうちに、意地になっていたのかもしれません。

そして、昨年の3月、東日本大震災が起こり、私のそんな考え方は大きく変わりました。それまでは東京で自分の家族を持ち、生活していましたが、大きな意味での家族を強く意識するようになり、娘の将来の事も考え、決断しました。

敬虔なカトリックである母は、毎週日曜日のミサは勿論のこと、よく教会に行きます。そこで、祈ります。何か大きな心配事があっても、「マリア様にいっぱいお祈りして来たけん、大丈夫よ」と母は言います。何か良い事があれば、「いっぱいお祈りしよるけん、お恵みのあるとよ」と母は言います。

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私は、そんな母が凄く好きです。これまでどれだけの心配をかけ、どれだけ私の為に祈ってもらったか分かりませんが、母はいつでも私の事を想い祈ってくれました。そして、私は福岡に引っ越してきて、教会に行くようになりました。いつの間にか、母の背中を見て育った自分が、今、ここにいます。

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by tak6542 | 2012-11-10 23:53